ブランドについて
「美しく、丈夫で座り心地が良い、そして手軽な価格」という過酷な開発条件をもとに、
ボーエ・モーエンセンが初代代表として1942年にスタートしました。
デンマーク近代家具の父と称されるコーア・クリントが監修を担い、2代目にポール・M・ヴォルタが代表を務め、
ハンス・J・ウェグナーやアルネ・ヤコブセン等名だたるデザイナーがプロジェクトメンバーに名を連ね数々の名作を世に送り出し、
それらはその後に生まれたデンマーク家具の模範となって、今日私たちが目にする数々のデンマークデザインが息づいています。
お問い合わせ先
- Address東京都渋谷区猿楽町29-10 HILLSIDETERRACE-C1F
- Phone03-6416-5650
- Emailinfo@fdbmobler.jp
- Websitehttp://www.fdbmobler.jp/
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Products
モーエンセンが初代FDBモブラー代表を辞める際に、モーエンセンの親友でもあるハンス・J・ウェグナーに推挙され2代目代表の大役についたのがポール・M・ヴォルタです。
ハンス・オルセンの工房でも修行をしていた家具職人で、家具製作に非常に長けていました。
モーエンセンから「家具は人々を幸せにする」という信念を受け継ぎ、ウィンザーチェアからさらに装飾を省き、シンプルで加工しやすいスウェーデンのペグチェアの流れを汲み、J46をデザインしました。
その手軽さとシンプルで美しいデザインは当時のデンマーク国民にすぐに受け入れられ、当時デンマーク国内ではモーエンセンを越えるFDBモブラーのナンバーワンヒットとなりました。その数は85万脚でその時のデンマーク人の5人に1人が所有していたと言われるほど。
日本ではモーエンセンやウェグナーが有名ですが、FDBモブラーからの評価は最大のヒットを生んだヴォルタもまた非常に高く、J46もデンマーク国民のもっとも親しみ深い家具として、FDBモブラー復刻の際、もっとも早く生産されました。
建築家アイヴァン・A・ヨハンソンは、わずか33歳の年齢で、ボーエ・モーエンセンとヴォルタにより推挙され3代目のFDBモブラー代表に就任しました。彼の任期は3年ほどしかありませんでしたがこの前任の2人に負けないほど、このJ67を含め素晴らしい作品を数多く残しました。
J67はFDBモブラーの中では希な大きな形成合板の背で構成されており、女性らしさと男らしさの間の微妙な視覚的なバランスを持った美しい椅子に仕上がっています。
絶妙な曲面が作り出す後ろからの姿がまた非常に美しく、FDBモブラーも「完璧なイディオム」だと褒め称えています。
J67はオーク材とビーチ材で出来たものから、お好みでお選び頂けるようになっております。
当時はまだ職人が一点一点家具を作るの事が主流で、家具はとても高く、普通の人ではなかなかすぐに買うことの出来ないものでした。「家具は人々を幸せにする」と信じていたモーエンセンは普通の若者でも良質な家具を買えるようにしたいという夢を持ち、それをかなえるために、FDBモブラーの初代代表になりました。
モーエンセンとFDBモブラーとの関係は非常に良く、今まで大量生産出来なかった環境を変え、FDBモブラーの基盤をつくっていくことになります。
このJ52は当初J6としてデザインされ、その後座面の変更やディテールの変更があり、品番が変更になりましたが、FDBモブラーの一番はじめの広告にも登場し、その後もポスター等に採用されるなど看板的な商品として人気を集めました。
コーアクリントの教えから、J52はイギリスのウィンザーチェアにヒントを得て、シンプルで美しく作りやすい、当時のデンマークの世相に合わせリデザインされたスポークバックチェアです。
J6からJ52になった際に新しくロッキングするタイプのJ52Gも開発され、通常タイプのJ52Bと共に、FDBモブラーの代表的な椅子として時代を牽引しました。FDBモブラーの顔であったデザインなので、最後まで残し一番はじめに復刻された中のひとつとなっています。
当時はまだ職人が一点一点家具を作るの事が主流で、家具はとても高く、普通の人ではなかなかすぐに買うことの出来ないものでした。「家具は人々を幸せにする」と信じていたモーエンセンは普通の若者でも良質な家具を買えるようにしたいという夢を持ち、それをかなえるために、FDBモブラーの初代代表になりました。
モーエンセンとFDBモブラーとの関係は非常に良く、今まで大量生産出来なかった環境を変え、FDBモブラーの基盤をつくっていくことになります。
このJ52は当初J6としてデザインされ、その後座面の変更やディテールの変更があり、品番が変更になりましたが、FDBモブラーの一番はじめの広告にも登場し、その後もポスター等に採用されるなど看板的な商品として人気を集めました。
コーアクリントの教えから、J52はイギリスのウィンザーチェアにヒントを得て、シンプルで美しく作りやすい、当時のデンマークの世相に合わせリデザインされたスポークバックチェアです。
J6からJ52になった際に新しくロッキングするタイプのJ52Gも開発され、通常タイプのJ52Bと共に、FDBモブラーの代表的な椅子として時代を牽引しました。FDBモブラーの顔であったデザインなので、最後まで残し一番はじめに復刻された中のひとつとなっています。
デザイナーのヨーエン・ベックマークは4代目最後の代表として、他の前任者と比べ一番長い9年間つとめていました。
ベックマークがつとめていたFDBモブラーの後期には、アメリカを中心にデンマークの家具に人気が出てきており、ベックマークは輸出を見越して、スティック状で安価であり、小さく梱包し組み立てれるチェアの開発をよくしていました。
その代表作品はJ108ですが、彼はそうした輸出を目的とした組み立て家具とはJ80とJ81の両方を完全に別の方向性で開発しました。
J80がこれまでのチェアと大きく違う点は木部が非常に細く、モーエンセンが採用して以来、ヴェルタとヨハンソンの採用することのなかったペーパーコードを座面に用いたことです。
また蒸気でひねりを加えたオークの背はJ80の為に開発されました。
それらを採用することで従来より大きさの割に軽く、柔らかい座り心地と快適な背を実現しました。使い勝手よく日常使いが出来るという明確なコンセプトを持たせることで、J80は広い層から評価され、人気を博しました。
デザイナーのヨーエン・ベックマークは4代目最後の代表として、他の前任者と比べ一番長い9年間つとめていました。
ベックマークがつとめていたFDBモブラーの後期には、アメリカを中心にデンマークの家具に人気が出てきており、ベックマークは輸出を見越して、スティック状で安価であり、小さく梱包し組み立てれるチェアの開発をよくしていました。
その代表作品はJ108ですが、彼はそうした輸出を目的とした組み立て家具とはJ80とJ81の両方を完全に別の方向性で開発しました。
J81がこれまでのチェアと大きく違う点は木部が非常に細く、モーエンセンが採用して以来、ヴェルタとヨハンソンの採用することのなかったペーパーコードを座面に用いたことです。
また蒸気でひねりを加えたオークの背とアームレストはJ81の為に開発されました。
それらを採用することで従来より大きさの割に軽く、柔らかい座り心地と快適な背とアームレストを実現しました。使い勝手よく日常使いが出来るという明確なコンセプトを持たせることで、J81は広い層から評価され、人気を博しました。
モーエンセンが初代FDBモブラー代表を辞める際に、モーエンセンの親友でもあるハンス・J・ウェグナーに推挙され2代目代表の大役についたのがポール・M・ヴォルタです。
ハンス・オルセンの工房でも修行をしていた家具職人で、家具製作に非常に長けていました。
三本の丸みを帯びた笠木から構成される背は非常に独創的で、美しさと安定した座り心地を与えてくれます。
ヴォルタがFDBモブラーから独立した後に生み出す彼の代表作コロナチェアはこの流れを汲んでおり、ヴォルタらしさが非常に出ている作品です。
今回FDBモブラーの商品の中で唯一、座面が木部のものとファブリック、レザーとをお選び頂けるようになっており、ダイニングシーンの主軸となる位置づけでリリースされています。
ファブリックはKvadrat,Danish Art Weavingと並び、評価されているGabrielのBreeze Fusion。
ウールを88%の素材ですので、冬暖かく夏涼しい。抗菌作用がありますので清潔でにおいが出にくくなっています。またその中でも重金属を100%含まず、耐摩耗性10万マーティンの最高グレードのファブリックとなっています。
レザーは牛のフルグレインレザー。革の表面で一番外側の部分、体毛を取り除いただけの天然皮革です。自然なまま、傷などを隠さず、磨いたり、スムースにしたりしないものを使用してます。
最高品質の繊維組織から成っており、耐久性が高いのが特徴です。
ファブリック、レザー共に最高級の仕様となっており、木部の仕上がり、デザインにひけを取らないものとなっています。